KSP交流会 2019年度記念講演
記念講演会「職場でできる!腰痛も仕事も効果の上がる姿勢対策」を開催

職場でできる!腰痛も仕事も効果の上がる姿勢対策

2019年6月13日(木)、KSP交流会総会後に西棟3階のKSPホールで毎年恒例の記念講演会を開催しました。
 
今回の記念講演会では、松平浩先生(東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター特任教授/福島県立医科大学医学部特任教授)より、「職場でできる!腰痛も仕事も効果の上がる姿勢対策」と題して講話いただきながら、参加者とともに身体を動かしました。
 

文・大橋博之(インタビューライター)

腰痛借金を減らすこと

腰痛は治すだけでなく予防が重要

腰痛は治すだけでなく予防が重要

運動器系疾患のなかでも、生活にもっとも支障を及ぼすものが「腰痛」とされています。しかも腰痛は、多くの人が陥りやすい疾患です。
ヨーロッパなどでは腰痛は会社を休む原因として注目されていますが、日本人は痛くても会社を休みません。痛くても無理をしてしまうのです。
病気などの理由で欠勤や休職、遅刻・早退する「アブセンティーズム」に対し、出勤しても、なんらかしらの疾患や症状を抱えていることで、業務遂行能力や労働生産性を低下させる「プレゼンティーズム」があります。
その「プレゼンティーズム」の原因の1番が肩こり、2番が睡眠不足、3番が腰痛。なので、この腰痛をコントロールすることで労働生産性を向上させることができることが期待できます。そのためには、腰痛を治すだけでなく、予防することが重要です。

腰痛借金

腰痛借金

腰痛借金とは、前かがみや猫背などの悪い姿勢や腰に負担がかかった状態のことをいいます。
人間の身体には「背骨」があります。そして、背骨と背骨に挟まれた「椎間板」には、「髄核」というゼリー状の物質があります。この髄核は「繊維輪」と呼ばれる硬い組織に囲まれており、通常、椎間板の中央に位置しています。
ところが、長時間パソコンに向かったりして、前かがみや猫背の姿勢を長く続けていると、椎間板の中央にあるべき髄核が後ろに移動してしまいます。これが「腰痛借金」のある状態。
よい姿勢のときは腰痛借金がない状態です。しかし、椎間板にある髄核を取り巻く繊維輪が傷つくと、炎症が起こり、痛くて動けなくなる「ぎっくり腰」になります。また、亀裂が入り、髄核が飛び出し、神経を刺激して激痛になるのが「椎間板ヘルニア」です。このぎっくり腰と椎間板ヘルニアが腰での2大事故です。こうなると本人もつらいですし、大事な社員が休みになる会社もつらくなります。
そのため腰痛借金を減らすことが大切です。

動作や姿勢が大切

動作や姿勢が大切

腰痛借金を減らす、ぎっくり腰や椎間板ヘルニアを起こさないためには、動作や姿勢に気をつける必要があります。
リラックスして立っている状態=90kgや、おじきをする状態=200kgではぎっくり腰は起こりません。しかし、340kgが、ぎっくり腰が起こる「危険水域」です。
例えば、腰を屈めて子ども=20kgを持ち上げると420kgがかかり、腰への負担になってしまいます。そのため子どもを抱えるときは、腰を屈めずにおへその近くで子どもを持ち上げることで310kgに減らすことかでき、ぎっくり腰や椎間板ヘルニアの危険を軽減できます。

腰痛借金を減らす

腰痛借金を減らす

腰痛借金対策のひとつが、前かがみになるとき腰を屈めずにお腹の近くでモノを持ち上げる姿勢、「ハリ胸&プリけつ」です。
これは、胸を張ったまま、骨盤を前に倒すイメージで「ハリ胸&プリけつ」にし、腕をぶらーんとおろし、足を少し開いて、ひざを適度に曲げて行きます。その状態でモノを持ち上げるようにします。モノを持ち上げるときは、胸を張ることを習慣にすることです。スポーツの重量上げの選手は、腰痛借金を作らないために、このポーズを取ります。
腰痛借金を減らす体操については、自著『3秒から始める 腰痛&肩こり体操』に詳しく書いてあります。腰痛に苦しんでいる人は、一読することをお勧めします。

精神的なストレスも腰痛の原因

ストレスも腰痛の原因

ストレスも腰痛の原因

腰痛に対する治療で有効なのは、運動療法、エクササイズがベースで、そこにプラスアルファ、心理社会面へのアプローチがあります。
心理社会面とはストレスです。このストレスが腰痛に影響を及ぼしています。特に長引く腰痛はストレスが影響していることが、私の研究によりわかっています。

脳へのアプローチ

椎間板ヘルニアによる激痛の経験があると、どうしても再発の不安や恐怖に捕らわれてしまいます。そのため、腰を動かさないことが日常化します。
やがて腰の周りの筋肉が硬直し、血液の流れが悪くなります。すると痛みを発する物質が生まれ、腰痛が再発します。これが悪循環となって腰痛を慢性化させる原因のひとつになると考えられています。
安静にすることでよけいに痛みを増やすことがわかっています。不安、恐怖が続くことで脳から痛みがきて、ダブルパンチになります。

幸福ホルモンを増やす

脳の痛みは、「幸福ホルモン」である「ドーバミン」を出すことで抑えることができます。
そして、ドーバミンを出すためには、セルフコントロールが大切です。好きな音楽を聴くとか、自分が好ましいと思うものに触れていたりするとドーバミンが出ます。

マインドワンダリング

このドーバミンが出ている状態が、「マインドフル」です。逆に心配で、心ここにあらずで脳がアイドリングしている状態が「マインドワンダリング」。ワンダリングとは「さまよう」という意味です。
このマインドワンダリングであるほど幸福感は低下します。

マインドフルにする

今、世界の勝ち組企業が取り入れていることに、『マインドフルネス』があります。
マインドフルネスとは、今現在において起こっている経験に注意を向ける、不安、恐怖から注意をそらすことです。これが腰痛治療のひとつとして推奨されています。
その、マインドフルネスひとつとして、「メディテーション(瞑想)」があります。「瞑想」と聞くと怪しい感じがしますが、Appleのスティーブ・ジョブズが瞑想をしていたことは有名ですし、多くの成功者も瞑想を取り入れています。
なにかに注意、没頭することで脳内の健康を保つことが大事です。心をリラックスさせることは腰痛にも効果があるのです。

身体は生活の改善から

肩こりにもマインドフルネス

肩こりにもマインドフルネス

腰痛と同じく、つらい症状に肩こりがあります。
肩こりは姿勢の悪さと、自律神経のアンバランスが引き起こします。自律神経のアンバランスはやはり、心理的ストレスが原因となります。
肩こりも、姿勢とマインドフルネスが重要です。姿勢だけのアプローチではなく、心理的なアプローチをすることが効果的なのです。

快眠を心がける

また、労働生産を下げている原因のひとつに寝不足があります。体内時計をリセットする、それから朝ごはんを食べる、といった生活のリズムを作ることで寝不足を防止することができます。
仕事ができない人は朝食を取っていないし、週末に寝ている時間が平日と4時間以上違う人も仕事ができないとされるデータがあります。
睡眠のクオリティを上げることで寝不足は解消されますが、そのクオリティを上げる方法に以下のような方法があります。

  • 1. 2度寝してもよいので、起床時間は一定化させ、起きたら朝日をしっかり浴びる。
  • 2. 頭がクリアでなくなったとき、仮眠を取るなら15時前に20分。
  • 3. 帰宅時間を利用して、最低20分の早起きゼロトリンウォーキング。
  • 4. 帰宅直後に、40度くらいのちょっとぬるめの湯に10分つかる。
  • 5. 食後は、ノンカフェインのハーブティーでリラックス。
  • 6. ゆったりとしたパジャマに着替え、3分ストレッチ。

腰痛対策の基本は体操です。でも、仕事に追われ、先への不安だとか恐怖に支配されていると、能率も生産性も悪くなりますし、脳の健康も悪くなります。それがひいては身体の健康にも影響します。
そのため、身体だけでなく、今起こっている経験に注意を向けるというマインドフルネスについてもご紹介しました。
不安や恐怖、ストレスによる脳機能の不具合が、神経伝達物質の出方に変化を及ぼし、不健康につながっていきます。その代表的なものがウツ、睡眠障害、あと慢性の痛みだということが研究でわかっています。つまり、長引く痛み関しては、脳機能が影響していると言えます。身体と心の両方の予防が大切なのです。

松平 浩(まつだいら こう)先生

1992年、順天堂大学医学部を卒業後、東京大学医学部整形外科教室に入局。その後、関連病院(三井記念病院、佼成病院、浅間総合病院、武蔵野赤十字病院)で研修。
1998年、東京大学医学部付属病院整形外科の腰椎・腰痛グループチーフに就任。博士号を取得。2008年、英国サウサンプトン大学疫学リサーチセンターへシニアリサーチフェローとして留学。
2009年、労働者健康福祉機構 関東労災病院勤労者 筋・骨格系研究センター長に就任。同機構の本部研究ディレクターを兼務。
2014年より東京大学医学部附属病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座長(特任准教授)。
2016年より東京大学医学部附属病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座特任教授に就任。また、福島県立医科大学医学部疼痛医学講座特任教授を兼務。
【著書】
『一回3秒 これだけ体操 腰痛は「動かして」治しなさい』
『腰痛は脳で治す! 3秒これだけ体操』
『腰痛はもう怖くない!3秒から始める腰痛体操』
他多数。

松平 浩(まつだいら こう)先生